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東京地方裁判所 平成5年(ワ)22865号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一請求

東京地方裁判所平成四年(ケ)第五一〇号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)につき平成五年一一月二五日に作成された配当表のうち、被告に対する配当額が三八六万三〇八八円及び三五五万四〇四一円とあるのをそれぞれ二一六万七二五五円及び一九九万三八七四円に、原告(金沢国税局)に対する配当額が二五一二万二二五七円とあるのを二八三七万八二五七円にそれぞれ変更する。

第二事実

一  事案の概要及び争点

本件は、交付要求書の記載からその額を算出することのできない延滞税についても、交付要求書に交付要求を求める旨の記載があれば、交付要求の効力があるとする原告が、これと異なる見解に基づいて作成された配当表の変更を求めた事案であり、争点は、原告の右法律主張の当否にある。

二  争いのない事実

1  本件競売事件について、平成五年一一月二五日午前一〇時に配当期日が開かれ、その売却代金三三六三万円につき、別紙配当表のとおりの配当表が作成されたが、原告は、延滞税一〇八五万四九〇〇円に対する配当が七五九万八九〇〇円とされたことから、原告に次いで配当を受けるべき者である被告に対する配当にうち、右差額であり三二五万六〇〇〇円について異議を述べた。

2  原告は、平成四年四月八日、本件競売事件にかかる不動産の所有者である訴外長木良平に対する所得税の延滞税及び相続税の本税、利子税、延滞税について、平成四年四月七日付け交付要求書をもつて、本件競売事件の執行裁判所(東京地方裁判所)に交付要求した。

3  原告は、本件交付要求書において、右相続税については、その年度を「昭和五七年度」、税目を「相続税」、納期限を「昭和五九年九月一三日」、本税額を「五九三万五九〇七円」、延滞税額を「法律による金額要す」、利子税額を「三七万九二〇〇円」と記載した。なお、本件交付要求にかかる相続税の本税は、その延納取消による(具体的)納期限到来日である昭和五九年九月一三日には九八五万六〇〇〇円であつたが、その後、訴外長木の納付及び差押財産の換価代金の充当等により別紙滞納額推移表のとおり減少した結果、平成四年四月七日現在、五九三万五九〇七円となつたものである。

4  原告は、執行裁判所からの配当期日呼出しに伴う債権計算書の提出の催告に応じて、平成五年一〇月二九日に同月二八日付け債権現在額申立書を執行裁判所に提出した。原告は、右書面に、相続税の本税額として三五五万三八六五円、利子税額として三七万九二〇〇円、本件競売事件の代金納付日である平成五年一〇月八日までの延滞税額として一〇八五万四九〇〇円と記載した。

5  執行裁判所は、本件競売事件において、本件交付要求にかかる租税債権のうちの相続税について、交付要求の効力が及ぶのは、債権現在額申立書に記載された本税額三五五万三八六五円及び利子税三七万九二〇〇円と、本件交付要求書に記載された本税五九三万五九〇七円を基準とし、その後一部納付があつたものとして計算された延滞税額七五九万八九〇〇円であると判断して、本件配当表を作成した。

第三争点に対する判断

一  交付要求とは、滞納者の財産につき、滞納処分、強制執行、担保権の実行としての競売等の強制換価手続が行われた場合に、滞納処分を行う行政機関、裁判所、執行官などの執行機関に対して、滞納にかかる租税への配当等を求める申立てである(国税徴収法八二条、二条一二号、一三号)から、執行機関に対していかなる内容及び金額の租税につき交付要求するものであるかを明示することが不可欠であり、交付要求書には、「交付要求に係る国税の年度、税目、納期限及び金額」を記載すべきものとされている(同法施行令三六条一項二号)。ところで、交付要求の相手方たる執行機関は、滞納処分を行う行政機関である場合のみならず民事執行手続を行う裁判所又は執行官である場合もあり、更に後者においても、財産の種類により手続に相違が見られるのであるから、交付要求書においては、交付要求をする強制換価手続における規律に従い、交付要求をしようとする滞納税の内容及び金額を明示すべきものである。

二  ところで、不動産に対する担保権実行手続において、民事執行法四九条一項(民執法一八八条により準用。以下同じ。)は、執行裁判所が物件明細書の作成までの手続に要する期間を考慮して、配当要求の終期を定めなければならないとし、同条二項は、配当要求の終期が定められた場合、執行裁判所の書記官がそれを公告すると共に同項一号ないし三号に掲げる者に対して、債権(利息その他の付帯の債権を含む)の存否並びにその原因及び額を配当要求の終期までに執行裁判所に届け出るべき旨を催告しなければならないとしている。これに対応して、同法五〇条において、右催告を受けた者(同法四九条二項三号の者を除く。)に催告に係る事項の届出義務及び不届けにより生じた損害賠償義務を定め、また、それ以外の者についても、配当要求終期までに強制競売等を申し立て、または、配当要求をしない限り、配当に与ることはできない(同法八七条一項一号、二号)とし、租税債権の徴収権者についても明文の規定は存在しないが、交付要求により配当を受けるためには、配当要求の終期までにこれをしなければならない(最高裁昭和六三年(オ)第三五号平成二年六月二八日第一小法廷判決、民集四四巻四号七八五頁参照)としている。

右のように民事執行法が債権者に対し、配当要求の終期までに債権届出、配当要求書の提出を義務づけている趣旨は、具体的な売却手続にはいる前に執行裁判所が、執行対象不動産に関する権利関係や配当手続に参加することができる債権者等の範囲及び総債権額等の情報を収集し、配当要求の終期直後に売却条件や超過売却の可能性の存否(民執法七三条)、剰余の有無(民執法六三条)等をできる限り正確に判断することによつて、売却手続の適正化や無益な手続継続による手続上の不経済及び租税債権に劣後する担保権実行者(国税徴収法一六条参照)の不利益防止を図ることにある。

三  既に述べたところによれば、民事執行における不動産執行手続に交付要求をするには、配当要求の終期までに、配当期日(買受人による代金納付日でも可。国税通則法六三条六項四号、同法施行令二六条の二、一号参照)において配当すべき金額の計算を可能とするような情報が記載される必要があり、右記載から計算不能な金額には交付要求の効力が及んでいないというべきである。この理は、延滞税についても異なるものではない。

もつとも、この点につき、原告は、延滞税の額は、その計算の基礎となる本税が完納されない限り、その変動する本税の未納額とその期間に対応して変動するものであつて、当該本税が完納された時点で初めて国税通則法六〇条二項の規定によつて計算され、その後端数処理を行う(国税通則法一一九条四項)ことによつて具体的金額が決まるのであるから、本税の完納日が予測できない交付要求時においては、その本税にかかる延滞税の額を計算することができず、したがつて、交付要求書の延滞税欄に具体的な延滞税額を記載することはできないと主張する。

しかし、延滞税は、私債権における遅延損害金に相当するものであり、既に経過した期間に対応する額は、本税の完納前であつても、変動する本税の未納額とその期間に対応して計算することが可能かつ容易である。したがつて、交付要求書作成日現在の本税額の記載のみから交付要求をする延滞税額を計算できない場合は、「法律による金額要す」との記載のみならず、交付要求書作成日までのものとして算出される延滞税相当額を付記するとか、同日までの延滞税を算出する基礎となる本税額を記載する等の措置を施すべきである。なお、右のような記載をもつて、交付要求にかかる国税の「金額」(国税徴収法施行令三六条一項二号)と解することについては異論も想定される。しかし、将来にわたつて発生する利息、損害金等、配当要求の段階においてその額を確定することができないものについて元本額及び始期並びに完済に至るまでとの記載で配当要求をすることが許されるのと同様に、税の発生が将来の時日の経過に係る税額についてはその計算の基礎事実を明らかにすることで「金額」の記載に代えることが許されるものと解すべきであり、税額を計算によつて算出することができるものについて、その金額を付記することは「金額」の記載を求める国税徴収法、同法施行令の趣旨に沿うものであつて、「金額」の算出基礎となる事実を示さないで交付要求が許されると解する余地はない。

そこで、この点を本件について見るに、前記事実関係のとおり、原告は、本件交付要求書を作成した当時の本税額、利子税額のほか、延滞税については、「法律による金額要す」と記載したにすぎず、他に原告主張の延滞税を計算することを可能とする事実を記載していないのであるから、本件交付要求書に記載された本税額とこれに対する延滞税についてのみ交付要求の効力があるとした執行裁判所の判断に誤りはないというべきである。

四  以上のとおり、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 天野登喜治 裁判官 飛澤知行)

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